「コーヒーでお願いします」?

“給我杯咖啡就行了”

Q:「コーヒーでお願いします。」という言い方は、おかしいのでしょうか。

?? “給我杯咖啡就行了”這樣的說法不奇怪嗎?

A: 間違った表現だとまでは言えませんが、聞き手に対して「完全に満足しているわけではないんだけれども、まあ、これで我慢しておこう」といった印象を與えかねません。

雖然說不上是錯誤的表達,但卻讓聽的那一方覺得說話者“雖然不是完全滿意,姑且先湊合吧。”

解説

解說

助詞「で」について考えてみましょう。「バカボンのパパ」の決めゼリフを使わせていただきます。

關于助詞“で”試著考慮一下的話,請讓我使用“笨蛋波恩的老爸”的口頭禪。

「これでいいのだ。」

“這樣就行了”

「これがいいのだ。」

“這是好的”

「これでいいのだ。」は、おそらく「正解」がいくつもあると思われる中で、ひとまず及第點に達している結果の一つだ、といったようなことを表します。それに対して「これがいいのだ。」のほうは、「唯一無二の絶対的な正解」とでも呼べるようなものだというニュアンスがあります。

這樣就行了”給人這樣的印象:其實有很多種選擇,就暫且選了比較其中比較差強人意的那一個吧。而“這樣比較好”給人以微妙的感覺是:這是獨一無二的選擇。

「コーヒーでお願いします。」

“給我杯咖啡就行了”

「コーヒーをお願いします。」

“麻煩來杯咖啡”

こうして比べてみてみると、「コーヒーでお願いします。」は「本當はほかに欲しいものがあるんだけれども、とりあえずコーヒーで」といった、なげやりな感じもしてきます。

這樣比較著來看的話,“給我杯咖啡就行了”即“其實是想要其他的(飲料),但是,姑且先喝咖啡吧”的意味,同時給人敷衍了事的感覺。

一方「コーヒーをお願いします」のほうは、「ほかの飲みものではなく、コーヒーが欲しいんです」という純粋な気持ちが、強く伝わってきます(すこし大げさですが)。

另一方面,“麻給我杯咖啡就行了”的說法,即“不要其他的飲料,想要喝咖啡”這樣直白的想法,強烈地轉達到了(稍微有點夸張了)

ウェブ上でおこなったアンケートでは、「コーヒーでお願いします」という言い方に対する抵抗感は、若い人ではさほど高くはないものの、高齢になるほど激しくなっていることがわかりました。

根據在Web上進行的問卷調查,對于“給我被咖啡就行了”這個說法,雖然年輕人的的反感度并不那么高,但是老人對此嗤之以鼻。

「で」の使用が自然になってくるのは、たとえば次のように「決して満足してはいない場合」です。

「で」用于以下這種“無法得到滿足的情況”時會比較自然。

「ココアをお願いします。」

“麻煩來杯可可。”

「すみません、あいにくココアは売り切れで、コーヒーしかないのですが。」

“不好意思啊,真不湊巧可可賣完了,不來杯咖啡嗎?”

「じゃあ、コーヒーでお願いします。」

“那給我咖啡就行了”

また、「紅茶をください。」「私はコーヒーでお願いします。」のように、「対比」の意識がある場合にも「で」が自然に用いられます。

再比如,“我要紅茶”“那我要咖啡”這樣的,“對比”的意識顯現的場合下「で」可以自然地使用。

ご説明はこの程度でよろしいでしょうか。あ、しつこいですか。この程度がよろしいですね。

我的說明就到這里可以嗎?啊,搞混了嗎?這樣正好。

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